アニメ映画『窓ぎわのトットちゃん』を見た。
言わずと知れた黒柳徹子さんの同名の書籍を元にしている。
トットちゃんが通っていた「トモエ学園」の食事の教育が興味深かった。海の物と山の物をお弁当に入れるのさえ、戦争の激化で困難になっていく。
また、「良く噛めよ、食べ物を」という、食事の時に歌う歌を放課後歌っていたら憲兵だかに「卑しい歌を歌うんじゃない」と脅される場面も印象に残った。
洋楽風のメロディの歌だったからかもしれない、と最初は思ったけれど、あとでよく考えたら多分違う。
おそらく、「ぜいたくは敵だ」とか「欲しがりません勝つまでは」が標語の時代だから、食べ物の歌を飢えた子供が歌うことまでが強欲で卑しいように憲兵には響いたのだろう。
最初はそのような想像にも至らなかった自分の不明を恥じる。
戦争中の標語と言えば「撃ちてし止まん」の止まんの主語は、「戦」なのだろうか?
敵に向かって弾を撃って倒してこそ、戦が終わるという意味なのだろうか?
詳しい方に教えを乞いたい。
とまれ、日本語にも、標語にも、時には隠された主語があるのだと思う。そして時に、標語の主客の曖昧さに、人がつけこまれることも起こり得るのかもしれない。
戦争を決めたのは一部の人たちであっても、その決定を、もしかしてある意味すすんで実行したのは名もない大勢の人たちだったのかもしれないと、行進の場面を見て気付かされた。